東京高等裁判所 昭和27年(ム)4号 判決
再審原告訴訟代理人は「東京高等裁判所が同庁昭和二十五年(ネ)第一一二七号貸室返還請求控訴事件について昭和二十六年七月十八日言渡した判決を取消す。再審被告の請求を棄却する。再審被告は東京都千代田区神田須田町一丁目二十四番地所在鉄筋コンクリート造三階建ビルヂング一棟の内三階の向つて右より二室目の一室(七号室)建坪四坪七合五勺から立退いてこれを再審原告に明渡すべし。訴訟費用は再審被告の負担とする。」との判決並びに右室の明渡及び訴訟費用の負担を命ずる部分について仮執行の宣言を求め、その理由として再審原告は請求の趣旨記載の判決に対し最高裁判所に上告をなし、その上告理由において別紙再審事由と同趣旨の事項を主張したのであるが、同裁判所は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律第一三八号)(以下単に民事上告特例法と略称する)を適用し、右上告理由は同法の調査事項に該当しないとの理由により、その主張内容の当否を判断するに至らずして、昭和二十七年五月十六日右上告を棄却する旨の判決を言渡した。再審原告は同月十九日その判決正本の送達を受けたが、右判決自体には法令違反のあることが認められないので、同月二十七日これに対する異議申立権放棄の申述をして同日前控訴審の判決を確定せしめた。民事訴訟法第四百二十条の規定によれば上訴において主張した事由については再審の訴をもつて不服を申立てえないものであるが、これは上訴審において主張があれば当然その判決において判断されることが予定されているからであつて(もし上訴審においてその主張について判断されない場合には、その点についてさらに再審の事由となる)、本件のようにその上告理由が民事上告特例法所定の調査事項に該当するか否かについてのみ判断されたに過ぎず、その主張内容についての判断がなされていない場合においては、控訴審の確定判決に対し再審の訴をもつて不服の申立をなしうるものと解すべきである。しかるところ前控訴審の判決は別紙再審事由記載のように判決に影響を及ぼすべき重要な事項に関して全く判断を遺脱しているから、本件再審の請求に及んだ次第であると陳述した。
再審被告訴訟代理人は「再審の訴を却下する。」との判決を求め、その理由として再審原告主張の事実については、再審原告において後記(二)の事実は上訴によりこれを主張し、後記(一)の事実は(仮りにかかる事実があつたとすれば)これを知りながら上訴により主張しなかつたものであることが本件記録上明らかであつて、これを再審の事由となしえないものというべきであるから、本件再審の訴は不適法として却下せらるべきである、と述べ、さらに「再審の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、再審原告は再審の事由として前控訴審の判決は、(一) 訴外山田泰吉から再審被告に対する本件室の賃借権の譲渡は認められないというのみで、訴外山田喜三郎からの右賃借権の譲受けに関する再審原告の主張については全く判断されていない。(二) 検乙第二号証(貸室の鍵)に対する判断を遺脱している、との二点をあげている。しかしながら再審原告が右(一)のような主張を第一、二審を通じてなしていないことは本件記録上明らかであるから同判決に、この点についての判断のないのは当然である。又(二)証拠に関する判断は黙示的になされてあれば判断の遺脱にならないことは勿論であつて、同判決には検乙第二号証については黙示的に判断がなされている。すなわち同判決は多数の証拠を吟味した上、再審原告に右賃借権の存在しないことを認定したものであつて、特に検乙第二号証に関する再審原告小沢好野、証人岡本音松等の供述を信用することができないものとして排斥したことは、検乙第二号証をもつては再審被告の主張を覆しえない趣旨であることを了解するに十分であつて、黙示の判断のあることは明らかである。したがつて再審原告の右主張はいずれも理由がないから、本件再審の訴は棄却を免かれない、と述べた。
三、理 由
再審原告において、当裁判所が当庁昭和二十五年(ネ)第一一二七号貸室返還請求控訴事件について昭和二十六年七月十八日言渡した判決に対し、その主張のように最高裁判所に上告をなし、同裁判所が再審原告主張の理由によつて右上告棄却の判決を言渡し、再審原告が昭和二十七年五月二十七日右判決に対する異議申立権放棄の申述をなして、同日同判決が確定したことは、本件記録添附の本案訴訟事件の記録によつて認められる。したがつて前控訴審の判決が右上告棄却の上告審の判決の確定とともに確定したことはいうまでもない。
よつてまず本件再審の訴が適法であるか否かについて按ずるに、判決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断を遺脱した場合には、確定の終局判決に対し再審の訴をもつて不服の申立をすることができるが、ただ当事者が上訴によつてその事由を主張したときはその申立をなしえないことは民事訴訟法第四百二十条の規定によつて明らかである。しかしここに上訴によつてその事由を主張したときとは、その事由を主張して上訴審の判断を受けた場合を意味し、その事由を主張するも上訴審の判断を受けえなかつた場合には、なお終局の確定判決に対し再審の訴をもつて不服の申立をすることができるものと解するを相当とする。これを本件について見れば再審原告が前控訴審の判決に対し上告をなし、上告審である最高裁判所に本件再審の事由と同趣旨の上告理由を提出したところ、同裁判所は民事上告特例法を適用して、右上告理由に同法第一号ないし第三号のいずれの場合にも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められないとの理由によつて右上告棄却の判決をなしたことは前記記録上明白なところである。そしてこの場合右上告理由の当否についての判断はなかつたものと解するのが相当であるから、再審原告が前控訴審の判決に対し右上告理由を再審の事由としてなす本件再審の訴は適法であるといわなければならない。したがつて再審被告のこの点に関する抗弁は理由がない。
よつて進んで再審原告主張の再審事由の有無について判断する。
(一) 前記記録によれば前控訴審においては、当事者双方が第一審判決事実摘示のとおり第一審における口頭弁論の結果を陳述していることが、明らかであるから、第一審における口頭弁論の結果は第一審判決事実摘示に要約せられ陳述せられたものと解すべきであつて、同控訴審としてはさらに新たな主張ないしは抗弁の提出せられないかぎり、右判決摘示の事実にもとずいて判断するをもつて必要にして且つ十分であるものといわなければならない。しかも該判決の事実摘示にはかかる抗弁の提出されたことの記載なく、前控訴審において新たにかかる抗弁の提出された形跡のないことは前記記録に徴して明らかであるから前控訴審の判決に右仮定抗弁についての判断のないことは当然であつて右(一)の再審事由はこれを認めることができない。
(二) 前控訴審の判決の理由には被控訴人(再審原告)は本件室の賃借権を有すると抗弁するけれども、被控訴人(再審原告)本人の供述(同供述も信用されていない)のほか、被控訴人(再審原告)の主張を認めるに足りる証拠はない、と判示されていることは前記記録(第二九六丁裏)によつて明らかであるから、ことさらに検乙第二号証について言及されてはいないが、同証も被控訴人(再審原告)の右主張事実を認めるに足りる証拠とならないものと黙示的に判断されたものと解せられるから、同控訴審の判決には検乙第二号証に関する判断を遺脱したものということができない。右(二)の再審事由もこれを認めることができない。
(三) の(イ)(ロ)(ハ)において再審原告の主張するところは、結局間接事実の主張及び右主張事実を証するために援用せられた証人の証言及び当事者本人の供述について判断を遺脱したというもののようであるが、前控訴審の判決に再審原告が再審被告の承諾のもとに訴外山田泰吉よりその主張の室の賃借権の譲渡を受けた旨の抗弁事実(直接事実)を証拠によつて排斥したこと(賃借権の譲渡及びその承諾「黙示の承諾を含めて」)の記載のあることは、前記記録に徴してこれを認めることができる。そして直接事実の主張に対する判断がなされている以上、その間接事実の主張及びこれを証するための証拠についての判断は黙示的になされたものと解するのが相当である。したがつて右(三)の(イ)(ロ)(ハ)の再審事由もこれを認めるに由ない。
これを要するに前控訴審の判決には何ら判決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断を遺脱していないことが明らかであるから、同判決に対し再審の事由がないものといわなければならない。
よつて本件再審の請求は理由のないものとしてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第四百二十三条、第九十五条、第八十九条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤直一 菅野次郎 坂本謁夫)
別紙
再審事由(再審原告の主張)
(一) 重要なる抗弁に対する判断の遺脱
賃借権の存在について、再審原告は原判決に引用せられている第一審の陳述において(昭和二十五年七月二十一日附準備書面)山田泰吉から賃借権の譲渡を受け再審被告の同意を得たものであると主張し、もし仮りに山田泰吉からの譲受が認定されないとしても、少くも同人の後を引継いた山田喜三郎からは賃借権の譲渡があつたと見らるべきである旨の主張をしているにもかかわらず(原判決に引用せられている第一審陳述、昭和二十五年七月二十一日附準備書面中)、原判決は単に山田泰吉からの譲受は認められないというのみであつて、山田喜三郎からの賃借権譲受に関する再審原告の主張については全く判断されていないものである。
本件は要するに賃借権の有無に関する争であり、且つ山田泰吉も山田喜三郎も賃借権者であつた事については再審被告が認めているところであるから、そのいずれから再審原告が賃借権の譲渡を受けたかは必ずしも争の中心点ではなく、又山田喜三郎は山田泰吉の実兄で、弟の事業を引継いた関係にある者であつて、本件室の賃料を再審原告から受け始めた人であり、又当初から再審原告の本件室使用を認めていたのであるから、(山田喜三郎本人その他の証言)山田泰吉からの譲受が認められないとしても、少くも山田喜三郎よりの譲受は認められて然るべきものである。
(二) 重要なる証拠(検乙第二号証)に対する判断の遺脱、再審原告が乙第一号証(敷金領収書)及び検乙第二号証(本件七号室の鍵)を証拠としているにもかかわらず、検乙第二号証については全く何等の判断もされずに判決されているものである。
そもそも本件は貸室賃借権の有無に関する問題であり、本件建物は貸ビルであるから、当該室の鍵の授受はその敷金領収書(乙第一号証)と同等あるいはそれ以上の重要性を有するものである。
更に原審においても詳述しているとおり、検乙第二号証は本件室の鍵二箇の合鍵の内の一箇であり、他の合鍵を昭和十九年五月頃、再審原告が紛失したので、再審原告は家主たる再審被告から直接に検乙第二号証を受取り、爾後本件室の使用に供していたものである。
又訴外山田喜三郎が昭和二十年五月、同岡本音松が昭和二十三年頃各本件室の隣室を再審被告に明渡す場合においても、本件室については明渡事実なきは無論の事、明渡請求もなかつた事、又再審被告は本件室は右の山田喜三郎に貸したものであると主張しているが、六号室(本件室の隣室)は明渡し且つ敷金領収書や鍵の引渡があつたにもかかわらず、本件室については依然そのままで立退き、同人に対して敷金領収書や鍵の引渡について、再審被告は何等請求する事なく不問に附していたものである。
加うるにその立退に際しては、再審被告はこれに立会つており隣室の本件室を再審原告が使用しているのを知悉しながら、前記のごとく検乙第二号証等の引渡を請求しないのは、賃借権の譲渡を先に承諾していたからである。
従つて検乙第二号証が再審原告の手に現存することは賃借権の譲渡について、かつて再審被告の承諾を得たためであつて、もし然らざれば山田喜三郎の立退の時に、又岡本音松の立退の時に、当然要求され、又当然立退かざるを得なかつたであろう。以上のごとく本件において検乙第二号証は賃借権の有無及びその譲渡の承諾の有無を判断するに重要な証拠であるから、乙第一号証と共に考え合せて判断するを要するにもかかわらず、検乙第二号証に関する事項については、全く判断を欠いているものである。
(三) 重要なる抗弁並びに証人の証言及び当事者本人の供述に対する判断の遺脱
(イ) 賃借権譲渡に関する再審被告の承諾に関し、再審原告は山田泰吉から乙第一号証、検乙第二号証譲受の際、再審被告の承諾を得たものであるが、単に口頭によるものであるため、その認定を得られない場合があるとしても、他に承諾とみなさるべき事実、黙示の事実ありとして、山田喜三郎の明渡の際立合つて本件室を再審原告が使用しているのを知悉していて(実際はそれ以前より知悉していたわけであるが)、山田喜三郎に対して本件室の明渡や敷金領収書、鍵の引渡を求めず単に隣室六号室(喜三郎が使用していた)のみについて明渡を受けた事、同じく岡本音松の明渡の時も同様であつた事、検乙第二号証の授受その他の事実を主張し、山田喜三郎、岡本音松、再審被告、再審原告等の供述を援用しており、これ等の事実はまた、更に賃借権の存在を推知するに足りる事情であるにもかかわらず、原判決はこれ等の点に関して全く判断を欠いているものである。
(ロ) 原判決中にはしばしば甲第一号証が引用せられており、それは単に同証の存在事実のみについて判断の材料とされているが、同証の発行事情についての主張は、同証の証拠価値を左右するものであるにもかかわらず、これに関する再審原告の主張及び岡本証言について何等の判断もされていないものである。
(ハ) 原判決は再審原告が賃料を直接再審被告に支払つた事のない事及び本件室の使用に関して再審原告が再審被告に対して直接交渉接触のない事等を判示しているが、これは本件室を含む賃料領収書についての再審原告の主張、検乙第二号証及び名義変更に関する再審原告の主張並びにこれ等についての証言に関して何等の判断もなされていない事が明らかであり、これ等の点は判決に影響を及ぼすべき重要なる事項であるから、再審において判断を受けるべく主張するものである。
以上